チョコレートの歴史
チョコレートの歴史はメソアメリカ文明にまでさかのぼります。
この時代の文化・文明期の遺跡の土器、壁画、石碑等から、カカオが栽培されていたことが実証されています。
そして、ヨーロッパへカカオは伝わりました。
カカオからできた飲みもの“ショコラテ”は神様の食べものと呼ばれて、王侯・貴族や高級僧侶など間で、大変貴重なものとされていました。
カカオの効能は「適量を飲むと元気になり、快活、活気づく」とされ、宴会の終わりに出されていたそうです。
このショコラテを庶民が飲めるようになったのは、ヨーロッパがスペインに征服され、支配体制が崩れてからでした。
このショコラテには、チリペッパーとバニラが入っていたと言われています。
カカオ豆の用途としては、まず、お金として使われていました。
その価値は時代や地域によって異なり、19世紀に貨幣が登場するまで使われていました。
他にも、カカオ豆は様々な儀式に使われ、結婚式では結納や引き出物として使われました。
また、死者を弔う儀式にも神聖なものとして扱われたそうです。
他にも、座薬などの薬としてもごく最近まで活用されていました。
チョコレートの日本の歴史
チョコレートは18世紀後半に長崎見聞録の中で紹介されています。
それは、「しょくらとを」の飲み方、味が記されています。
外国に唯一門戸を開いていた長崎でチョコレートが知られていたことがわかります。
チョコレート工場の始まりは、森永太一郎氏が、赤坂溜池に森永商店を創業し、原料チョコレートを輸入し、クリームチョコレートの製造を始めたことです。
森永商店は、明治37年10月にクリームチョコレートの広告を新聞に掲載しています。
この広告が、国産工業生産チョコレートの最初の広告といわれています。
そして、大正7年(1918年)に森永製菓は田町工場において日本で始めて、カカオ豆からチョコレートの一貫生産を開始しました。
同年8月に原料用ビターチョコレート、10月にポケット用ミルクチョコレートを発売しました。
板チョコレートの量産化でチョコレートの普及が進み始め、また、価格も輸入品に比べて安くなりました。
大正8年にはミルクココアを発売しました。
これが、日本のココア第一号です。
昭和になると、多くのチョコレート製品が市場にならぶようになり、チョコレートの嗜好が一般に受け入れらて大衆化し、消費の対象が広範囲となってきました。
リンツ
板チョコが有名なリンツは、スイスの代表的なチョコレートメーカーです。
1845年、菓子職人ダーフィート・シュプルングリーとその息子ルドルフは、チューリッヒのオールドタウン、マルクトグラッセに小さな菓子店を開きました。
この父子は、当時人気だったイタリアのレシピを使って、チョコレートを作りはじめ、そのおいしく、目新しいチョコレートはチューリッヒの上流階級でたちまち評判になり、小さな菓子店は2年後には工場を持つまでに成長したのです。
これがリンツの始まりです。
その後戦争もくぐりぬけて、スイスのチョコレートメーカは世界の企業へと拡大していきます。
リンツのチョコレートの代表的なものは、カカオ分の高いエクセレンスシリーズです。
最近では、カカオが体にいいと言われ、ハイカカオのチョコレートが販売されるようになりました。
リンツのエクセレンスシリーズは、厳選されたカカオのおいしさを十分味わうことのできるハイカカオのものが販売されています。
その中でも99%カカオは、カカオの味を贅沢に味わえる、究極のチョコレートです。